- ○高齢性認知機能不全
- 2026/07/17
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老齢のイヌやネコも、人間と同様に「高齢性認知機能不全」(いわゆる認知症)と考えられる症例が増えてきています。
【高齢性認知機能不全とは】
「認知機能」とは、外界からの刺激や情報を的確に理解・判断したり、経験・学習したことに基づいて、状況に応じた適切な行動ができる一連の能力です。
日常生活で見るもの・聞くものなどを理解できているかどうか、それに対応して適切に行動できるかどうか、そして過去に学習した習慣などを維持できているかが、認知機能の評価の基準になります。
また、認知機能を維持するためには、日頃から思考力や記憶力を良好に刺激することが大切で、そのような好ましい知的刺激を「認知刺激」と呼びます。
認知機能が衰えて、生活に支障が起き始めると「認知機能不全」が疑われることになります。
動物の認知機能不全は加齢とともに現れやすくなるため、認知機能不全を疑う症例の大半は「高齢性認知機能不全」ということになります。
【動物の高齢性認知機能不全の発生状況】
◾️加齢に伴い発生率が高くなります
動物の高齢性認知機能不全については様々な報告がありますが、共通する見解は「加齢に伴って発症率が高くなる」ことです。
イヌ・ネコの長寿化が高齢性認知機能不全の増加の要因であるのは間違い無いでしょう。
イヌでは、14〜15歳以上で発症率が急激に増加する傾向があります。
ネコでも、15歳以上で発症率が増加する傾向があります。
◾️犬種・猫種や性差については明確な関連性は認められていません
例えばある調査では「柴犬」または「柴犬系雑種」は他の犬種よりも高齢性認知機能不全の発生率が高いと報告されていますが、他の調査では、「全ての犬種」の発生率と「柴犬」の発生率に有意差が無かったという結果でした。
※「有意差」とは、複数のデータの間に、偶然や誤差ではなく、統計学的に意味がある差が認められることです。
同様に、小型犬・大型犬での発生率の比較でも、調査によって「小型犬に多い」「大型犬に多い」「差が無い」などの報告が混在しているようです。
また、性差については「高齢性認知機能不全の発生率に性差は無い」という報告が多い一方で、「雌(メス)が多い」「雄(オス)が多い」という報告も混在しています。
ネコについての報告も同じように一定しない傾向です。
高齢性認知機能不全についての全ての報告で共通するのは「加齢に伴う発生率の上昇」という一点だけで、それ以外の条件は報告によって相当なばらつきがあり、見解が統一されていないのが現状です。
現時点では、高齢性認知機能不全の発生と、特定の犬種・猫種・性差を関連付ける客観的な証拠は無いようです。
【高齢性認知機能不全を疑う症状】
動物は言葉による表現がないので、人間の症例よりも初期症状の判断が困難である場合が多いと考えられます。
また、認知機能不全を疑うのは、行動に影響が出る他の疾患が認められない場合です。
認知機能不全を疑う症状を分類すると、概ね以下のとおりです。
◾️見当識障害
自分がいる場所や状況がわからなくなる状態です。
慣れている場所にも関わらず「ここはどこ?」と迷っている様子があれば見当識障害の可能性があります。
◾️人間や他の動物との関係性の変化
飼い主さんや同居動物に対して関心が無くなる、警戒するようになるなど、反応が変化する場合があります。
◾️睡眠・覚醒周期の変化
本来の活動リズムが崩れ、昼間に眠り、夜間活動するなどの変化が見られる場合があります。
◾️学習済の行動ができなくなる排泄の習慣が乱れて、トイレ以外の場所での排便・排尿が見られる、などが該当します。(トイレ以外での排泄は腸炎や膀胱炎でも起こり得るので、慎重な鑑別診断が必要です。)
覚えていたはずの「お手」「おすわり」などのコマンド(指示・命令)に従わない、なども見られることがあります。
◾️活動性の変化
活動性が低くなり、「遊ぶ」「興味がある物のにおいを嗅ぐ(探索行動)」などの行動が減ることがあります。
目的不明の歩行(徘徊)など、無目的で過剰な行動が見られる場合もあります。
◾️不安の増大
特定の理由が無いにも関わらず、漠然と不安感が強くなり、怖がるような仕草が見られることがあります。
極端に不安が大きくなると、自己防衛のためと考えられる攻撃行動が見られる場合もあります。
また、以前は留守番が平気だった動物でも、高齢になってから突然分離不安を起こす例が知られています。
【実際に家庭で見られることが多い症状】
◾️排泄の習慣の乱れ(すでに学習して覚えていたはずの行動・習慣ができなくなる)
・トイレ以外の場所で排泄することが増える
→膀胱炎や腸炎などが原因の場合があり得るので、鑑別診断が必要です。
◾️狭い場所に入り込んで、後退り(あとずさり)できないために身動きできない
・上半身だけが狭い場所に入っただけでも身動きができない
→前進運動は生来の能力ですが、後退は生後学習して覚える行動です。
後退りできないと、狭い場所に上半身が入っただけでも身動きできなくなります。
狭い場所で身動きできないのは、イヌの高齢性認知機能不全の典型症状です。
◾️感情の起伏が現れにくくなる
・好きなもの、好きな家族に対しての喜ぶ反応が低下
◾️徘徊(目的が無い行動)
・明確な目的が無い歩行を続ける
→目的が無く延々と歩き続け、止めることができない場合が多いでしょう。
疲れ切ったら止まり、すぐに眠ってしまう例もしばしば見られます。
◾️夜鳴き(目的が無い行動、睡眠・覚醒周期の変化)
・夜間に鳴き続け、日中は眠っているケースが多い
→目的が無く鳴き続け、声掛けしても止めることができない場合が多いでしょう。
夜鳴きは、イヌの高齢性認知機能不全の典型症状です。
◾️睡眠・覚醒周期の変化
・昼に眠り、夜に行動が活発になるなど、生活周期が逆転する
→夜鳴きにつながる場合もあります。
◾️異常な食欲
・通常量の食餌を与えた後も、さらに食べ物を要求する
→食べたことを忘れるだけでなく、満腹感を脳が感じなくなるためと考えられます。
・異常な食欲による過食でも、軟便・下痢が起こらないケースがしばしば見られる
→高齢により腸の消化運動が緩慢になると、腸管内の便の通過時間が長くなります。
結果的に便の水分を吸収する時間が増え、軟便が起こりにくいと考えられます。
◾️呼びかけなどに反応しない
・眠っていない状態で、聴こえるはずの音量でも声掛けや命令(コマンド)に反応しない
→聴力や視力の衰えだけではない「無反応」状態です。
【高齢性認知機能不全の対策】
高齢性認知機能不全についての特効薬のような治療法は無いため、さまざまな対応の組み合わせが現実的な対策になります。
◾️失敗を叱らない
認知機能不全の動物は、自分が間違った行動をしているという自覚は無いので叱られる理由が理解できません。
トイレの失敗や夜鳴きなどを叱ると、動物は混乱し、ストレスや不安が大きくなるため、さらなる失敗や症状のエスカレートにつながる恐れがあります。
◾️ストレスを軽減する
高齢のため視力・聴力や身体機能が低下すると、自分の思うとおりに行動できず、ストレスや不安を感じやすくなります。
結果的に鳴くことやイライラした様子が増える場合があります。
また、ストレスや不安による心理的混乱がエスカレートし、ますます認知機能不全の症状が憎悪する恐れもあります。
このようなケースでは、生活環境を改善することでストレスを軽減できる場合があります。
歩行の障害になる家具を除去したり、寝場所やトイレ、飲水容器などを身体能力に合わせて改良するなど、可能なことから試してみると良いかもしれません。
◾️運動が可能な体調であれば、昼間に運動させ、夜間に睡眠をとりやすくさせる
体調や気候の条件に問題が無ければ、適度な運動は身体・脳の良好な刺激になる可能性があります。
夜鳴きや昼夜逆転のような生活リズムの乱れを防ぐためにも、朝・昼間に適切な運動・活動ができるようにし、夜間に集中して睡眠が取れるよう誘導するのも良いでしょう。
太陽光を浴びること自体が良い刺激になることも期待できます。
人の例でも知られているとおり、太陽光を浴びると体内でセロトニンという物質が活性化しやすくなり、不安の軽減や生活リズムの改善に役立つと考えられています。
◾️しつけなどの再トレーニング
トイレの習慣やコマンド(「おすわり」「ふせ」などの命令に従わせる)の再トレーニングが有効かもしれません。
再トレーニングを実施する場合は、上手くできなくても焦らず、前述のとおり叱らないことが重要です。
しつけやコマンドに上手く対応できた場合に褒める、成功報酬として食べ物を与える、などの「動物にとってポジティブな」対応を心がけましょう。
トレーニングによる飼い主さんと動物の接触機会の増加そのものが、動物にとって良い刺激になることも期待できます。
◾️認知刺激が重要です
上記のしつけ・コマンドの再トレーニングとも関連しますが、思考力や記憶力を適度に刺激する「認知刺激」の継続は、人の例と同様に動物にも重要です。
比較的よく遭遇する問題事例では、高齢性認知機能不全の兆候が認められたのは最近でも、実はそれ以前から「おすわり」「ふせ」などのコマンドが長い年月の間に曖昧になってしまっていたケースがあります。
動物が若い時には、多くのご家庭でトイレのしつけやコマンドを熱心に教えることが多いと思われます。
ところが、その後は飼い主さんが「しつけやコマンドは覚えさせた」と満足してしまい、日々の生活でコマンドを使う頻度が極端に減ることも珍しくありません。
コマンドはただのしつけや芸ではなく、動物にとっては「コマンドに従わなければいけない」「このコマンドは何を意味するのか」という思考力や記憶力を適度に刺激する認知刺激です。
コマンドを受ける機会が少ないと、動物の日常生活において認知刺激の機会が減ってしまうため、結果的に認知機能の悪化につながる可能性があることを理解しておきましょう。
ただし注意していただきたいのは、ここで言う認知刺激としてのコマンドとは、あくまで「飼い主さんが動物にコマンドを発し、それに動物が従う一連の行動」を指しているということです。
例えばコマンドに従って「おすわり」をするのと、「食餌前に動物が自主的におすわりをして待っている」などの習慣としての「おすわり」では意味が異なることをご理解ください。
飼い主さんがコマンドについての認識を高く持つことで、認知機能不全が「治る」とは言えませんが、問題の予防や改善が期待できる可能性はあるでしょう。
◾️薬剤などの応用
症状によっては動物病院から薬剤などが処方される場合がありますが、高齢性認知機能不全が「治る」わけではないことを理解しておきましょう。
処方された薬剤によって生活状況の改善や不安の軽減などが期待できる場合はあります。
◾️◾️高齢性認知機能不全を疑う症状に気づかれた場合は、早めに動物病院にご相談ください。薬剤などを投与する例では、効果がみられるまでに数週間以上かかる例もあるため、早めの対処が好ましい場合があります。また、薬剤などの応用だけでなくご相談いただくことで、ご家庭内では気づかれなかった問題点や改善可能な点が明らかになるケースもあります。 ◾️◾️




