- ○腫瘍の基礎知識
- 2026/07/06
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はじめに
ずいぶん昔の話ですが、動物の病変は「良性腫瘍」と診断されたにもかかわらず、飼い主さんが安楽死を希望される事例がありました。
「腫瘍」と「がん」は同じ意味だと、誤解されていたケースです。
実は似たような誤解による問題は今でも珍しくありません。
「腫瘍」「がん」「癌(がん)」「肉腫(にくしゅ)」や「寛解(かんかい)」など、腫瘍関係の用語は耳にすることはある一方で、その意味を誤解されていることもよくあります。
医学用語と一般的な会話で使われる言葉では、その意味に食い違いやズレが見られる場合がありますから、「言葉」の正しい定義を理解しておくことはとても大切です。
【まず、腫瘍関係の用語の正確な意味を整理しておきましょう】
腫瘍関係の主な医学用語の定義は以下のとおりです。
■腫瘍(しゅよう)■
良性・悪性に関わらず「腫瘍細胞」で構成されている病変の総称です。
腫瘍細胞とは、自分自身の組織から発生したにも関わらず、過剰に増殖・発育する、制御できない異常な細胞です。
腫瘍細胞は身体の本来の構造や機能、法則に関係無く、自分勝手に増殖します。
■良性腫瘍■
一般的に「浸潤」(※1)や「転移」(※2)が起こらず、直接の死亡原因にはならない腫瘍のことです。
良性腫瘍であればその細胞の性質上、正常な組織を重度に破壊することがほとんど無いため、死の直接の原因になることはありません。
ただし、発生する部位によっては問題や生活上の不具合が起こることはあります。
■悪性腫瘍■
浸潤や転移などにより腫瘍が増殖を続け、身体の構造や機能を破壊します。
結果的に生体の障害や消耗を起こし、死に至る腫瘍のことです。
■癌(がん)■
「上皮組織由来の悪性腫瘍」と定義されています。(※3)
全ての腫瘍が癌であるわけではありません。
■肉腫(にくしゅ)■
「非上皮(間葉系)組織由来の悪性腫瘍」と定義されています。(※4)
全ての腫瘍が肉腫であるわけではありません。
■癌でも肉腫でもない「◯◯腫」■
良性腫瘍の場合も悪性腫瘍の場合もあります。(※5)
■寛解(かんかい)■
腫瘍による症状が見られなくなった状態のことです。
肉眼的にも検査上も腫瘍が確認できなくなった状態を「完全寛解」と言います。
実際には「生体内に腫瘍細胞がひとつも無いと証明できる検査」は存在しないため、細胞レベルの腫瘍が残っている可能性が否定できません。
このため、腫瘍の再発や転移が後から見つかる可能性はあり、これが、特に悪性腫瘍の治療で「完治」という言葉が使いづらく、寛解という表現を使う理由です。
●注釈
(※1)浸潤(しんじゅん)
浸潤とは、腫瘍が周囲の正常な組織に染み込むように、食い込んで増殖することです。
結果的に周囲の正常組織が機能的・構造的障害を受けることになります。
(※2)転移(てんい)
転移とは、元々の腫瘍と直接接触していない離れた部位に腫瘍細胞が移動・拡散し、腫瘍が増殖することです。
(※3)(※4)上皮、非上皮とは
上皮系組織とは、発生学的な条件が関係する組織分類で、かなり大雑把な言い方をすれば、外界と接触する可能性がある組織のことです。
「皮」という文字がつきますが、皮膚に限定した意味ではありません。
例えば胃腸の粘膜は外界から入ってきた飲食物と接触する組織ですから、上皮系組織です。
肺も常に外界からの空気が入り込んで接触する組織であり、上皮系です。
このため、これらの組織の悪性腫瘍は「胃癌」「大腸癌」「肺癌」など、癌という名称になります。
一方、血管や骨、筋肉などは外界と触れる構造ではないので、非上皮系(間葉系)の組織です。
その悪性腫瘍は「血管肉腫」「骨肉腫」など、肉腫という名称が使われます。
(※5)癌でも肉腫でもない悪性腫瘍とは
「リンパ種」や「肥満細胞腫」などは悪性腫瘍ですが癌にも肉腫にも属しないため、良性腫瘍と同じような「◯◯腫」という名称になります。
一方、「皮膚組織球腫」などは良性腫瘍です。
◆誤解が多いポイント◆
腫瘍には良性と悪性があり、医学用語では悪性腫瘍の分類として、由来する組織ごとに癌や肉腫という名称を使い分けます。
癌や肉腫のどちらにも属さない悪性腫瘍は単に「◯◯腫」と呼ばれます。
良性の腫瘍も「◯◯腫」と呼ばれますので、「◯◯腫」という名称だけでは医学的・獣医学的知識がないと良性・悪性の区別は難しいでしょう。
一方、癌や肉腫は間違いなく悪性腫瘍を意味します。
癌は腫瘍の種類のひとつですが、腫瘍が全て癌であるわけではありません。
【腫瘍関連の言葉が誤解されやすい理由】
■「腫瘍」という言葉が嫌われている?
筆者の経験上、「腫瘍」という言葉を嫌う方が多い印象です。
「腫瘍」には「硬い専門用語」「よくわからない恐いもの」という思い込みがあるのかもしれません。
「腫瘍」よりも「がん」という言葉が好き、というわけではないでしょうが、現実に「腫瘍」と説明を受けても「がん」と言い換える方が、不思議なくらい多い印象です。
その場合、良性腫瘍のことまで「がん」と言い換えてしまうと「癌(がん)」は本来悪性腫瘍のことですから、冒頭の例のように間違った方向に判断が誘導されてしまうのです。
良性腫瘍なのに、「がん」というキーワードでインターネット検索すれば、悪性腫瘍の情報ばかりが目についてしまうのは当然の結果です。
■医師・獣医師でも悪性腫瘍をまとめて「がん」と呼ぶケースがあります
医学・獣医学関係者が一般の患者さん等に対して腫瘍について説明する際に、癌や肉腫などの悪性腫瘍を全部まとめて「がん」と呼ぶことがあります。
「癌とは上皮系組織の悪性腫瘍」 「肉腫は非上皮系の悪性腫瘍」など、医学用語の定義の説明を始めても、基礎知識が無ければ理解していただくことが難しいからです。
また、「◯◯腫」は良性腫瘍にも悪性腫瘍にも使用される名称であるため、医学・獣医学の知識が無いと、混乱が起こりやすくなってしまいます。
さらに、医学・病理学の進展によって、同じ腫瘍でも名称が変更されることもあります。
これらの条件を考慮すると、「がん」というシンプルな言葉によって、悪性の腫瘍であることを患者さんが直感的に理解していただけるなら、癌ではない悪性腫瘍についても敢えて「がん」という言葉遣いで説明するのはやむを得ないかもしれません。
例えば腫瘍の治療に使用される「抗がん剤」は正式には「抗悪性腫瘍剤」という名称ですが、抗がん剤という通称の方が一般的にはよく知られているでしょう。
各メディアにおいても、癌ではない種類であっても、悪性腫瘍をまとめて「がん」と表現することが多いでしょう。
■「癌」も「がん」も「ガン」も会話では区別がつかないのが、誤解の要因のひとつです
ここまで記事を読んでいただくとおわかりだと思いますが、「癌」も「がん」も「ガン」も文字にすると使い分けができますが、口語、すなわち会話の音声では全く区別できません。
いわゆる同音異義語に近い状態です。
つまり“ガン”という音声が、「胃癌」などの上皮系悪性腫瘍である「癌」のことを言いたいのか、悪性腫瘍をまとめて「がん」と言いたいのか、良性腫瘍なのに誤解して「がん」と呼んでしまっているのか、区別ができないのです。
この区別がつかない状況が、さらなる誤解の元になってしまう恐れがあります。
腫瘍関係の情報については、情報の発信元が“ガン”という言葉をどの程度理解しているのか、どのような意味で使っているのかを冷静に判断する必要があります。
場合によっては、発信元が不正確な知識で“ガン”と伝えている情報には誤りが含まれている恐れがあります。
【腫瘍細胞は常に発生しています】
人間の医学では、『腫瘍細胞は常に体内で発生している』と考えられおり、動物についても同様と言われています。
おそらく、何百、何千という数の腫瘍細胞が毎日発生していると考えられています。
腫瘍細胞は生体にとって異物とみなされ、人間にも動物にも備わっている「免疫機能」が、腫瘍細胞を異物として排除するために働きます。
具体的には「Tリンパ球(T細胞)」や「ナチュラルキラー細胞(NK細胞)」などの免疫細胞が腫瘍細胞を排除していきます。(2025年ノーベル賞を受賞した坂口志文・大阪大学栄誉教授の研究も、このT細胞に関するものです)
ところが、免疫機能に排除されないような能力を持っている腫瘍細胞であったり、免疫機能が低下していたりすると腫瘍細胞は排除されずに増殖し、ついには腫瘍が生体を脅かすようになります。
最新の科学でも、体内の腫瘍細胞ひとつひとつをチェックできるわけでは無く、腫瘍がある程度の量・大きさにならないと、検査等で見つけることができません。
腫瘍の種類にもよりますが、人間では1個の腫瘍細胞が1センチメートルの腫瘍になるのに10年程度の時間がかかると言われています。
腫瘍による症状が現れるのにはさらに時間がかかる可能性がありますから、皮膚など外観から気づきやすい部位でなければ、無症状の時点では腫瘍の存在がわからない場合も多いのです。
【腫瘍細胞が発生するのは、生体が常に細胞分裂を繰り返しているからであると考えられます】
人間も動物も、その身体は細胞によって構成されています。
細胞こそが生命の根幹であるとも言えるでしょう。
そして、身体を構成している細胞は日々分裂を繰り返しています。
細胞分裂の際、元の細胞をコピーするように同じ性質の細胞ができるはずですが、細胞分裂の回数が多いと、中にはもとの細胞と異なる性質の細胞が発生することがあります。
「細胞分裂の『コピーミス』」と言ってもいいかもしれません。
このコピーミスでできた異質な細胞が、腫瘍細胞の始まりであると考えられています。
1日に何億回も細胞分裂が繰り返されれば(1兆回程度という見解もあります)、コピーミスは相当な数になります。
細胞分裂のコピーミスによって発生した腫瘍細胞は免疫機能の働きで排除されるはずですが、中には排除できずに残ってしまう腫瘍細胞もあり得ます。
細胞分裂を常に続ける生命にとって、腫瘍の発生は宿命とも考えられます。
【腫瘍の診断】
■病理組織検査■
腫瘍を外観で診断することはできません。
同様に、腫瘍ではないことも外観で診断できません。
腫瘍の確定診断のゴールドスタンダード(最も確実で信頼度が高い基準)は、「病理組織検査」です。
病理組織検査とは、病変から採取した組織や細胞を病理診断医が顕微鏡で観察して病気を診断する検査で、腫瘍の確定診断に必要不可欠です。
細胞や組織の特徴から、対象の病変が腫瘍なのか腫瘍ではないのか、腫瘍であればどのような種類で、良性なのか悪性なのかを診断します。
専門の病理診断医による診断結果は他のいかなる検査よりも信頼度が高く確実であり、重視されます。
現実に、病理組織検査の結果は、その後の治療方針に大きく影響します。
外観上は腫瘍を疑う症例でも、病理組織検査によって病変の組織内に腫瘍細胞が見つからなければ腫瘍ではありません。
逆に、世間で「脂肪のかたまり」と呼ばれるような病変が、病理組織検査で腫瘍であることが判明することも多々あります。
例えば動物の「皮膚型肥満細胞腫」は悪性腫瘍ですが、外観が白っぽくブヨブヨと軟らかい印象もあるために「脂肪のかたまり」などと誤解されるケースがあり、実際にそのような症例を筆者は何度も経験しています。
なお、念のために申し添えておきますが、肥満細胞腫を押し潰すと内部から多量のヒスタミンが放出され、ショックを起こす危険性がありますから、皮膚にできた「できもの」を絶対に強く圧迫してはいけません。
病理組織検査による診断は、手術で切除した病変全体を隅々まで調べるのが最も確実な方法です。
腫瘍の確定診断と同時に、腫瘍組織を全て切除できているかが重要だからです。
もしも切除した組織の断端に腫瘍組織が見つかれば、その腫瘍の続きがまだ生体に残っている可能性が高く、その後の治療方針にも影響があります。
一方、切除手術前に病変の一部の組織を採取して調べることをバイオプシー(生検)と呼びます。
皮膚・皮下の病変は外観上確認しやすいため、バイオプシーの組織採取が比較的容易であり無麻酔で実施できる例も多いですが、対象になる病変の部位によっては、鎮静・部分麻酔や全身麻酔が必要になる症例もあります。
ただし、バイオプシーによる組織採取は病変の一部でしかないため、手術で切除した病変全体を病理組織検査するのに比べると、病変の全体像が確認できず検査の信頼度が低くなる恐れがあります。
腫瘍の特徴がわかりにくい部位の組織を採取してしまうと、腫瘍であるかどうかも含めて判断が不確かになる恐れがあるのです。
バイオプシーによる病理組織検査の結果、悪性腫瘍である可能性が高い場合には、速やかに外科手術や化学療法(いわゆる抗がん剤治療)などの対応が必要になる可能性がありますから、あらかじめそのスケジュールも計画しておくべきです。
■レントゲン検査■
いわゆる画像診断のひとつです。
レントゲン検査で腫瘍を疑う病変が見つかることはあります。
ただし、ある程度以上の大きさの病変でなければレントゲン画像での確認は難しいので、レントゲン検査で見つかる腫瘍はすでに相当大きくなってしまっている可能性があります。
具体的には、正常なレントゲン画像と比較して不自然な構造物が写っている症例では、腫瘍を疑う場合があります。
腫瘍の確定診断には前述の病理組織検査が必要であるため、あくまで腫瘍の疑いがある病変を見つけるのがレントゲン検査の役割であって、レントゲン検査による腫瘍の確定診断はできません。
レントゲン検査はほとんどの症例について無麻酔で実施可能であり、動物を拘束する時間も短く、動物の負担が少ないのが利点です。
■超音波検査■
臓器の断層画像が得られる画像診断方法です。
前述のレントゲン画像は「影絵」のようなもので、臓器の全体像は写りますが、内部構造がわかりにくいのに対し、超音波検査は臓器の内部構造が観察できます。
現実に、レントゲン検査では確認できなかった臓器内の病変を、超音波検査で発見することもあります。
現在の超音波検査装置は性能が高くなりましたが、それでも画質の限界はあるため、微細な初期病変は確認できないことがあります。
また、超音波検査にはある程度の時間が必要になるため、動物を拘束する時間はレントゲン検査よりも長くなります。
さらに、超音波検査で明瞭な画像を得るためには動物の体毛が妨げになるため、剪毛(毛刈り)が必要になる場合もあります。
腫瘍の確定診断は前述のとおり病理組織検査に基づきますから、超音波検査は腫瘍の疑いがある病変を見つけるのが役割であり、レントゲン検査と同様に腫瘍の確定診断はできません。
■CT・MRI検査■
CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)によって腫瘍の構造や周囲の正常臓器の障害の程度が判断できるようになります。
大型の腫瘍や複雑な構造の腫瘍の切除手術前に、腫瘍の構造や他臓器への影響の程度を調べることで、手術の正確な計画に役立つと期待できます。
現在はCT・MRIを備えていない動物病院も多いので、必要に応じて検査可能な施設を紹介される例が多いでしょう。
なお、CT・MRIともに、検査のためにはほとんどの症例で動物の全身麻酔が必要になります。
CT・MRI検査では対象病変の構造から、正常組織ではないこと、つまり腫瘍である可能性が高いことは推測できますが、腫瘍の確定診断には前述のとおり病理組織検査が必要であり、この点においてはレントゲン検査や超音波検査と同様です。
■腫瘍マーカー・その他検査など■
体内に腫瘍があるかどうかの指標になる、血液や尿に含まれる成分を「腫瘍マーカー」と呼びます。
現在、動物の腫瘍を検出可能な腫瘍マーカーと呼ぶことができる検査は限られており、対象になる腫瘍の種類も限定的で、全ての腫瘍が判明するわけではありません。
検査法によっては、数値に他の疾患が影響する場合もあります。
動物の腫瘍マーカーについては未だ発展途上であると考えられます。
なお、血液検査項目の「イヌの『CRP』」「ネコの『SAA』」は、腫瘍マーカーと混同・誤解されることがありますが、どちらも炎症を示す数値であって腫瘍マーカーではありません。
また、腫瘍に関連して実施される以下の項目は「病理遺伝子検査」と呼ばれるもので、一般的に飼い主さんが期待されるような腫瘍マーカーとは異なります。
[クロナリティ解析]
すでにリンパ系腫瘍の疑いが強い動物の、腫瘍を構成している細胞の傾向(B細胞性、またはT細胞性)を分類し、リンパ腫の補助診断として有用な検査です。
腫瘍細胞が検査対象です。(検体内に腫瘍細胞が確保できていなければ検査できません)
[BRAF遺伝子変異検査]
膀胱や前立腺に発生した病変について、膀胱移行上皮癌・前立腺癌と非腫瘍性病変とを鑑別します。
腫瘍細胞が検査対象です。(検体内に腫瘍細胞が確保できていなければ検査できません)
[c-k i t遺伝子変異検査]
肥満細胞腫と判明している症例で、治療に使用する薬剤の効果を予測します。
肥満細胞腫の組織を検体とします。
【腫瘍の治療】
腫瘍の種類によって治療方法は異なりますので、この記事では一般的な情報を掲載します。
■外科的切除
手術によって腫瘍を取り除く方法です。
手術可能な症例であればまず第一選択肢になるでしょう。
腫瘍の種類によっては外科的に切除するだけで、後の治療が不要な場合もあります。
腫瘍の手術の場合は、腫瘍組織の残存を防ぐために、腫瘍の大きさよりも広く、周囲の組織ごと切除するのが原則です。
このため、腫瘍本体の外観上の大きさよりも大きな術創(じゅつそう)(= 手術によってできる傷)になる傾向があります。
また、腫瘍の種類や発生部位、あるいは動物のコンディションなどの理由で手術が適応できない例もあります。
腫瘍の切除手術は全身麻酔を施します。
必ず術前検査を実施し、麻酔の安全性の評価をしなければなりません。
麻酔が危険であると評価された動物については手術を見合わせます。
手術の必要性が麻酔の危険性を上回っている場合のみ、飼い主さんのご希望・ご了解のもとに手術を実施します。
手術によって完全には取り除けない腫瘍や、すでに他の部位に転移している可能性がある症例では、切除可能な腫瘍を外科手術で取り除き、その後は後述の化学療法や放射線治療などを実施することもあります。
■内科的治療
⑴化学療法
・いわゆる抗がん剤(正式には抗悪性腫瘍剤)治療のことです。
外科手術で完全切除できない腫瘍や、すでに転移しているような症例では、しばしば抗がん剤治療を実施します。
また、白血病のような固形腫瘍(※)ではない疾患も、抗がん剤治療が適用されます。(※:「固形腫瘍」とは、塊状に病変を形成する腫瘍で、腫瘍の存在部位が特定できるものを言います)
抗がん剤の効果は腫瘍によって有効性が異なるため、腫瘍の種類ごとに使用する抗がん剤の種類も変わります。
また、1種類の抗がん剤だけでは効果が限られるため、複数の種類の抗がん剤を組み合わせることもよくあります。
適用する薬剤の組み合わせやスケジュールを「プロトコル」と呼びます。
腫瘍の種類・ステージ(腫瘍の進行度)によってプロトコルが変わる場合があります。
・抗がん剤は副作用を伴うことがあります。
副作用は薬剤の種類によって様々です。
食欲・元気の低下など、非特異的な副作用(抗がん剤に限らず、他の病気や原因でも見られるような、特徴的ではない症状)もありますが、それぞれの薬剤特有の副作用もあります。
脱毛などは動物では多くないですが、外観上副作用らしい変化が見られなくても、血液検査などで異常が確認される場合があります。
抗がん剤治療を始める前には、必ず事前検査を実施します。
事前検査によって投薬の危険性が高いと判断される動物は、治療を見合わせることがあります。
また、事前の検査数値を記録しておくことで、薬剤投与後の副作用の有無や程度を評価する比較基準となります。
⑵分子標的薬
抗がん剤よりも新しい薬剤による治療です。
これまでの抗がん剤と比較すると副作用が少ない薬剤です。
一般的に抗がん剤は腫瘍細胞以外の正常組織にも作用するため、副作用が起こりやすいと考えられています。
一方で、分子標的薬は腫瘍細胞・組織の特定部位を標的とするため、理論上副作用は起こりにくいはずで、実際の臨床現場でも明らかな副作用を見ることは少ないです。
残念ながら現在使用可能な分子標的薬の種類は限られており、結果的に適用できる腫瘍の種類も限られます。
分子標的薬が効果的である腫瘍なら、今までの抗がん剤治療よりも動物・飼い主さんともに負担が少ない優れた治療法であると考えられます。
ただし、分子標的薬の治療を開始する前にも事前検査は実施するべきで、投薬後の副作用の有無を評価する比較基準値を記録しておきます。
なお、腫瘍の治療に使用する薬剤という意味で、分子標的薬も広義の抗がん剤に含める場合があります。
■放射線治療
放射線治療によって効果が見られる腫瘍もあります。
切除可能な腫瘍は外科手術で大部分を取り除くのが一般的ですが、切除しきれない、もしくは転移が認められる場合には、前述の抗がん剤治療や放射線治療を適用することがあります。
ただし、放射線治療によって良好な効果が得られる腫瘍は限られています。
また、放射線治療は専用の設備が必要であるため、実施できる施設が限定されます。
当院を含め、一般的な動物病院の多くは、放射線治療は実施できません。
■その他(ホルモン療法など)■
腫瘍の種類によっては、ホルモンの影響で腫瘍の動態が変化する可能性があります。
例えばイヌの「肛門周囲腺腫」は男性ホルモン依存性であることが知られており、腫瘍切除手術と、男性ホルモンを抑制する薬剤・去勢手術などを組み合わせる方法が有効であると考えられます。




